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幸せを。 
なんか、突然宗教に勧誘されました。
なんだろう、この衝撃は(汗)。
あらかた話をきいたけれど、特に惹かれるものは無かった。
信心深い人はいるし、それが悪いことだと全く思わない。
宗教を否定する気もない。
でも私はそれに同調できない。

これは私の考えだけれど
そんなに、自分にふってわいたような幸せが欲しいと思わない。
運がいっぱいあれば、幸せが沢山やってくるなんて
私には思えない。そんな都合のいいわけがない。
要は考え方の問題。
祈ればいいことがありますよと仮定して
祈っていいことがあれば、それは祈ったお陰。そういうふうに思うだろう。
でも別に祈らなくても、そのいい事は同じように起こったかもしれない。
その逆も然りだと思う。

例えばその祈るという行為で何でも上手くいく的な話は
おかしいような気がする。
それを信じたら、自分の普通にしている努力まで否定しているじゃないの。
すべて神様のお陰ですってなっちゃったら
自分は祈るダケしていればよくて
他の努力はなんにもいらないわけ???って疑問。
そういう話じゃ無かったのかもしれないけれど、
少なくても私にはそういう話に聞こえた。

未来永劫、人間が地球に存在していくわけがない。
ちょっとした時間を、人間は借りているだけだ。
そもそも人を中心に考えている事自体、私の考えとはずれてる。

ずっと幸せでいれるわけがない。
浮き沈みがあって初めて、幸せは幸せだと認識される。
辛い痛みは、この身一つで感じるしかないとおもう。
そして私は、その痛みを分かち合うのは
目に見えない神様じゃ無くて、近くで心配してくれるような
大好きな人たちがいい。
そんなこんなで、いいことがあるんだよっていう誘い文句は
私には響かないわけなのでした。


そしてなにより実感したのは
自分で言っている程、幸せを欲していない自分。
自分すら信用していない人に神様を信用できるワケがないという事実(笑)。
 

秘密にする

 
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